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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和63年(ネ)147号 判決

控訴人(被告)

武一雄

被控訴人(原告)

谷口進

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は、被控訴人に対し、金七六三万五四五六円及び内金六九三万五四五六円に対する昭和六二年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用(当審における参加によつて生じた部分を除く。)は、第一、二審を通じ、これを五分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とし、当審における参加によつて生じた部分を五分し、その一を控訴人補助参加人の、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決は、被控訴人の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一  控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決四枚目裏七行目から同八行目の「鹿児島県農済」を「鹿児島県農協共済」に改める。

2  同五枚目表二行目の「同2の被告の過失は認める。」を「同2の事実はその法律的主張を含め認める。」に改める。

3  同五枚目表末行の次に「四 抗弁に対する認否」を加え、改行の上、「抗弁事実は争う。」を加える。

三  証拠の関係は、本件記録中の原・当審における書証目録及び証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所は、主文第二項記載の限度において被控訴人の請求を正当であると判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由説示(原判決五枚目表一行目から同一一枚目表一一行目末尾まで)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決五枚目裏四行目の「本件事故により原告の受けた後遺症の程度」を「本件事故による被控訴人の負傷及び後遺症の程度」に改める。

2  同五枚目裏五行目の「1」から同八枚目表一二行目の「相当である。」までを次のとおり改める。

「成立に争いのない甲第一、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第九号証、第一〇号証の一ないし四、第一一号証の一ないし五、第一二号証、第一三号証の一ないし五、第二一号証、乙第一号証、第二号証の一ないし五、第三、第四号証、第一三号証の一ないし三、第一四号証の一、二、第一五号証の一ないし五(ただし、甲第一、第二号証、第三号証の一、二、第四ないし第八号証、第一三号証の一ないし五、乙第一四号証の一、二は原本の存在及び成立とも争いがない。)、原審証人谷口範子、同大井千尋、当審証人上釜健市の各証言、原審における控訴人本人、当審における被控訴人本人の各尋問の結果によれば、次の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被控訴人は、昭和四八年三月二〇日、自動二輪車を運転していたところ、中央線を越えて進行してきた対向車と離合するに際し、狼狽して運転を誤つて路上に転倒し、頭部打撲、左大腿上外側部、左肘部打撲傷等の傷害を受けたこと、昭和四九年七月二三日ころには、右事故による被控訴人の症状が固定し、右上肢及び右下肢に高度の運動障害があつて、高度の跛行が残り、また、両下肢に強い放散痛、右下肢にしびれ感、右下腿に知覚鈍麻等の症状が残つたこと、右事故後の経過をみると、昭和四八年三月三〇日から同年七月六日まで、頸部、頭部、腰部、下肢等の痛みを訴えて大井病院に入院し、その後、一旦退院したものの、次第に右上下肢の運動障害をきたしてきて昭和四九年二月二六日同病院に同年六月二〇日まで再度入院したという病状増悪の経過をたどつたこと、レントゲン所見では異常はなかつたので、頸髄の神経損傷の有無を調べるため医師の勧めで、昭和四九年二月四日、鹿児島大学医学部附属病院に入院したこと、同病院で検査を受けたところ、筋電図には異常所見が認められたが、関節の硬縮はなく、自動では動かなくても加動では動くことなどから、器質的なものだけでなく、心理的因子も考えられたので、同病院医師が精神科に受診させたところヒステリーの機制が十分考えられるとの診断結果であつたこと、そこで、被控訴人に心理的因子も考えられることなどを話したところ、被控訴人は、昭和四九年二月二三日脊髄造影検査を拒否して右附属病院を退院したため、頸髄の神経損傷の有無を確認することができなかつたが、被控訴人は、前記の後遺障害が残りそれが自賠法施行令別表後遺障害等級表一級三号に該当するとして、加害者から損害賠償金の支払を受けたこと、その後、被控訴人の前回事故の後遺障害はやや回復し、本件事故当時には、杖をつけば歩けるようになり、身体障害者用の自動車運転免許を取得して両手と左足を主に使用して自動車を運転することができ、また、買物、炊事等家事ができるようになつていたこと、

2  被控訴人は、被害車を運転して時速約一五キロメートルで、西菖蒲谷から帯迫方面に直進のため、前方交差点に向かつて幅員三・六メートル(ただし、道路左側部分にある幅員〇・六メートルの有蓋側溝を含む。)の道路を進行していたところ、前方交差点左側道路(幅員四・九メートル)から右折のため進行してきた加害車を認めて急制動の措置をとり、一方、控訴人は、加害車を運転して時速約五ないし一〇キロメートルで、右交差点を右折しかけていたところ、被害車を発見して急制動の措置をとつたが、間に合わず、昭和六〇年二月二日午後四時二五分ころ、自車前部を被害車の左前部に衝突させたものであるが、両車両とも衝突位置で停止するなど、衝突のシヨツクは大きくはなかつたこと、また、本件事故発生直後、被控訴人と控訴人は、事故現場で警察官の実況見分に立ち会い、けがはないということで物損事故として処理したこと、翌朝、控訴人が被控訴人方を訪問すると、被控訴人は腰に痛みがあるとは言つていたが、柱をつかまえて控訴人との立ち話に応じたこと、ところが、被控訴人は、事故後四日を経過した昭和六〇年二月六日、鹿児島大学医学部附属病院で第九胸椎圧迫骨折との診断を受けて、昭和六〇年二月七日、八反丸病院に入院したこと、被控訴人は、同病院において、断層撮影を受けたが、第九胸椎圧迫骨折を認めることはできなかつたこと、被控訴人は、同病院において、主に背部から下肢の疼痛を訴え、約一か月間ベツド上での安静の後、コルセツトを装着した上での起立訓練や、温熱療法等の理学療法を受けたが、被控訴人は、かねてより自己主張が強く、昭和六〇年五月二七日には、理学療法を拒否して八反丸病院を自主退院し、昭和六〇年五月三〇日、日高病院に入院したこと、同病院にあつては、背部の痛みは軽減したので、被控訴人は、主に下肢の痛み等を訴えたこと、なお、日高病院において、被控訴人は、レントゲン検査及び脊髄造影検査を受けたが、右検査によるも、第九胸髄に圧迫骨折が存するものと認めることはできなかつたこと、被控訴人は、完治しないまま、昭和六一年四月三〇日症状が固定したこと、被控訴人は、本件事故の後遺症として、両下肢が麻痺して歩行不能となつたため、洗面、用便、入浴等の日常生活には車椅子を使用することが必要となり、また、両下肢にしびれに似た疼痛などの症状が残つたこと、被控訴人の右症状は、整形外科学的にみて、脊髄損傷との有意性が認められるものであるが、第九胸髄付近の血行障害も有力な原因になりうると考えられること、被控訴人には、前回事故による脊髄の何らかの障害があり、これに本件事故の際の外力が加わつて、これが引き金となつて第九胸髄付近の血行障害を惹起させた可能性があること、

以上の事実を認めることができる。

右認定の本件事故の態様、前回事故の内容、被控訴人の症状及びその経過等によれば、前回事故による被控訴人の脊髄の何らかの障害に、本件事故による外力が加わり、これが引き金となつて第九胸髄付近に病変(例えば、血行障害)を引き起こし、これに被控訴人の心因的要因が寄与して、被控訴人の現在の症状を生じさせているものと推認することができる。

したがつて、被控訴人の右症状は、本件事故によりもたらされたものということができ、右両者の間には、相当因果関係を認めることができる。

なお、前記認定によれば、本件事故自体は軽微なものであるのに、被控訴人の後遺障害は極めて重いものとなつているが、これは前回事故における被控訴人の病変及び被控訴人の心因的要因が大きく寄与しているものと認めることができ、その寄与の割合は大きいものがあり、少なくとも七割を下るものではないと認めるのが相当である。

3  同八枚目裏四行目の「4(一)の事実」の次に「(なお、右各証拠によれば、治療費の損害額合計は一万八三八〇円であることが認められるが、被控訴人は、一万八三〇〇円の限度でこれを請求しているものと解することができる。)」を、同一一行目「証人」の前に「前掲」をそれぞれ加える。

4  同九枚目表三行目「証人」を「前掲証人」に、同六行目の「洗面」を「洗面所」に改める。

5  同一〇枚目表七行目の「六割」を「七割」に改める。

6  同一〇枚目表一〇行目の計算式を「三九二六万一七六六円×〇・三=一一七七万八五二九円」に改める。

7  同一〇枚目表一三行目の「第四」の次に「、第五」を加える。

8  同一〇枚目表末行の「(但し、一部)」の次に「、当審における被控訴人本人尋問の結果(但し、一部)」を加える。

9  同一〇枚目裏七行目の「原告にも」から同九行目の「のであつて、」までを「右事故が惹起されるについては、被控訴人も、右交差点左側道路から加害車が進行してきたのに気づきながら、自車進路左端を通行していた二人の児童を認めて、自車の安全な通過にのみ気をとられたため、加害車の動向を注視しないまま、自車進路右寄りを進行して加害車の右折を妨げた過失があることが認められ、原審証人谷口範子及び当審における被控訴人本人の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信し難く、他に」に改める。

10  同一〇枚目裏末行の「一割」を「三割」に改める。

11  同一一枚目表三行目の計算式を「一一七七万八五二九円×〇・七=八二四万四九七〇円」に改める。

12  同一一枚目表六行目から同七行目にかけての「一二八二万四七二一円」を「六九三万五四五六円」に改める。

同一一枚目表一〇行目の「一二〇万」を「七〇万」に改める。

二  よつて、被控訴人の本訴請求は、金七六三万五四五六円及び内金六九三万五四五六円に対する不法行為の日の後であり、かつ、訴状送達の日の翌日である昭和六二年五月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、民事訴訟法八九条、九二条、九四条及び九六条を適用し、なお、原判決の仮執行の宣言の効力の残存する範囲を明らかにし、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田殷稔 中路義彦 郷俊介)

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